一人世帯増のビジネス「満足ぼっち族」

一緒に楽しめること

本日の日経MJは「満足 ぼっち族」
一人世帯が増え、一人に対応するサービス事例が挙げられている。
例えばウエディングドレスを着た姿をロケ地に案内して撮影するサービスだ。
驚くのは、結婚予定のない人が一人で、
既婚だが撮影して欲しい人が夫婦でなく一人でオーダーすることだ。

世の中「絆」「繋がり」が良しとされる。

しかし、サービスは多様性が必要だ。独り者に絆を強いることも難しい。

居心地の良さ。
独りよがり、自己満足が追求できる場。
自分の思いが他人に左右されるのでなく、
つまりバイアス無しの自己表現が喜びだ。

嗜好性は一人一人違う。

一人一人の喜び、満足に個々に対応するサービスは、
対応する側も、一緒に楽しめることがキーワードかもしれない。

居心地の良さにプラスアルファが、
一緒に楽しめること、
楽しさメッセージを生み出すことだろう。

思い出作り
共有時間と空間

時空のヒロイン、ヒーローがそのとき生み出される。

能の世界でも、霊は満足して成仏する。

「杜若」では、旅の僧の前で女は
在原業平が『かきつばた』の五文字を句の上に置き、
らころも(唐衣)(着)つつ馴れにしま(妻)しあれ
るばる(遥々)きぬるび(旅)をしぞ思ふ」
と旅の心を詠んだ故事を語る。
日が暮れて、女は僧を自分の庵に案内する。

女はそこで装いを替え、美しく輝く唐衣を着て、
透額(すきびたい)の冠の雅びな姿で現れる。
唐衣は先ほどの和歌に詠まれた高子(たかこ)の后のもの、
冠は歌を詠んだ業平のもの、
と告げ、この自分は杜若の精であると明かし、
幻想的でつややかな舞を舞う。
やがて杜若の精は、草木を含めてすべてを仏に導く法を授かり、
悟りの境地を得たとして、夜明けと共に姿を消す。(the 能 ドットコムより)

ここでシテの杜若の精を、ワキの旅僧が呼び出すのである。
ワキのサービスが顧客のシテを満足させる。