東京こそ地場産業そのもの(JTBの街興しから連想)

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 観光は一昔前は神社仏閣、秘境の見物や温泉やリゾート地などだ楽しむことや、遊園地はディズニーランドやUSJに変革し、人々を惹きつけてきました。キッザニアなどの体験・参加型も開発されました。観光業に造詣が深くないのですが、「産業観光」と「街を売るJTB」の動きには地域興しのモデルになりそうです。
 「産業観光」著者の須田寛氏の巻頭定義です。
「産業観光」とは
・歴史的文化的価値のある産業文化財
(古い機械器具、工場遺構等のいわゆる産業遺産)、
生産現場(工場、工房、農・漁場等)、
・産業製品を観光対象(資源)として人的交流を促進する観光活動をいう。
とあります。

日経MJ4月25日のJTBの今回活動を記事から引用しますと
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温泉で栄えた熱海は「駅を降り立った観光客が温泉宿に吸い取られ、街に滞在する機会が少なかった」。
 「お湯ではなく街を売りたいのです」。地域に連携を求めた。だが、旅館以外の街の観光施設は、「JTBは宿泊を販売するだけ。どうせ旅館のためだろう」と冷めた目で見た。
 何度も交渉し、飲食店を挙げて手掛けたのが熱海の名物であるアジの料理を一斉に売り込む試みだ。定番の刺し身やフライのほか、カレー、パスタなど多彩な料理を提供した。街で連携の機運が高まった。
 旅館の連携も引き出した。旅館外で食事をとってその分安く泊まれる「泊食分離」プランを販売した。旅館のもうけが減る泊食分離はJTBでも当時、亜流だったが、熱海では観光客、旅館、飲食店の3者満足の「三方良し」の施策となった。

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 地域興しのキーワードに沿って、起業から名品開発など手がけて来ましたが、このようなコーディネート役不在では、多少成功しても特定の企業が潤う傾向大です。土産物購入で広がりは見られますが、街全体の活性化には繋がりにくいでしょう。
 
 東京で17年就業していましたが、この記事から連想できるのは、東京ほど「地場産業」が発達してるところはない、と言うことです。プロデューサー、コーディネーター、企画屋、コピーライター、デザイナー、研究員、職人に何時でも相談できます。「ねるねるねるね」が開発できたのも、「そうだったのか」と思った次第です。